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大阪高等裁判所 昭和61年(行コ)54号 判決

京都府宇治市小倉町西浦一七番地三一

控訴人

伊藤豊

右訴訟代理人弁護士

岩佐英夫

平田武義

中尾誠

杉山潔志

吉田眞佐子

同府宇治市大久保町井の尻六〇―三

被控訴人

宇治税務署長

西村定助

右指定代理人

竹中邦夫

石田一郎

大崎直之

西峰邦男

幸田数徳

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し昭和五六年三月七日付けでした控訴人の昭和五二年分、同五三年分及び同五四年分の所得税の各更正処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求める。

二  被控訴人

主文と同旨の判決を求める。

第二主張及び証拠関係

次のような付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決五枚目表二行目の「被告」を「控訴人」に改め、同六行目の「調査」の次に「の具体的な」を加え、同七行目の「具体的」を「右」に改め、同八行目の「主張2」の次に「(一)」を加え、同一〇行目の「否認する」を「否認し、同2(二)前段及び中段の事実は不知、後段の主張は争う」に改める。

二  控訴人の補充的主張

1  人件費について

所得税法五七条一項によると、必要経費とされる青色事業専従者給与は「労務の対価として、相当であると認められるもの」とされているから、これを人件費として扱うのは当然であるし、その労務が左官工事そのものであろうと電話番、記帳等であろうと異なるところはないのであり、またA、B、C、Dの各専従者が現実にどのような仕事を分担しているか明らかにされていない以上、同業者Aの長男だけを区別するのは一貫性に欠ける。したがって、青色申告の申告書を白色申告者の所得の推計のための同業者の資料として使用する以上、青色申告者が優遇を受けている影響を度外視して、すなわち、専従者給与を給料賃金に含めて比較すべきである。

2  宮下建設株式会社に対する貸倒れについて

(一) 所得税基本通達の法五一条関係五一-一一は、貸金等について「(3)法令の規定による整理手続によらない関係者の協議決定で、次に掲げるものにより切捨てられた」場合には「その切捨てられることになった部分の金額」を必要経費に算入するものとし、その協議決定の一つとして「イ、債権者集会の協議決定で合理的な基準により債務者の負債整理を定めているもの」を掲げている。これを本件においてみると、右通達にいう債権者集会は昭和五四年一〇月一五日に開かれ、右集会において、第一、二回配当について定められたうえで、昭和五四年一二月二七日の第一回配当の実施と引換えに残債権が放棄され、第二回配当を含むその余の債務は自然債務となったものと解されるから、右通達に従っても同年一二月二七日に残債権が放棄されたとすべきである。

(二) 所得税基本通達五一-一二によると、「債務者の資産状況、支払能力等からみて、その全額が回収できないことが明らかになった場合には、・・・その明らかになった日の属する年度の経費に計上できる」とされている。そして、「回収できないことが明らかになった場合」とは、「通常の取立の努力もしないで意識的に貸倒れとして計上したと認められる場合以外」と解されている。

本件において、債権者委員会が設置され、昭和五四年一〇月一五日と同年一二月二七日に集会が開かれ、後者の集会で若干の配当がなされた上で控訴人を含む債権者から債権放棄書が提出されているのであって、宮下建設株式会社の債権者として集団的に回収に努力した上で債権放棄書を作成しているのであるから、「全額が回収できないことが明らかになった場合」に当たることは明らかである。

三  控訴人の補充的主張に対する被控訴人の反論

1  控訴人の補充的主張1について

控訴人の妻が控訴人の事業に従事していないのであればともかく、その従事の程度は同業者の青色事業専従者の従事の程度と何ら変わりないのであるから、右専従者給与の全額を雇人費に含めて計算することは、所得金額の計算において控訴人の妻の従事に係る労務の対価分までも雇人費として算定することになり失当である。

2  控訴人の補充的主張2(一)について

所得税基本通達五一-一一(3)で必要経費として算入できるためには、「合理的な基準」による切捨てがなされた場合であり、かつ、右切捨て部分の金額が確定している場合でなければならないところ、本件においては、切捨てにかかる決議がなされたかどうかが明らかでないばかりか、債権放棄に関する書面上、第二回配当についての具体的執行の委任や債権回収不能の場合の措置について定めていることからすると、昭和五四年一二月二七日の段階で何らかの「合理的な基準」による切捨てが行なわれたとみることができず、かつ、右時点で切捨て額が確定していないのであるから、右通達の規定に当たらない。

四  原判決八枚目裏七行目の「記録中の」の次に「原審における」を加える。

理由

一  当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないものと判断するが、その理由は、次のように付加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるからこれを引用する。

1  原判決九枚目裏三行目の「争いが」の次に「なく、証人中川敬司の証言によると、被控訴人の職員は右調査に際し、控訴人に対し、所得金額の確認のための調査を行なう旨明確に述べていることを認めることができ、ほかに右認定を左右するに足りる証拠は」を、同四行目の「このように」の次に「被控訴人が行なう所得調査に対し、」を、同一〇枚目裏二行目の「Cの」の次に「昭和」をそれぞれ加え、同五行目の「認められる」を「認められ、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない」に改める。

2  控訴人の補充的主張1について

いわゆる白色申告納税者である控訴人の所得金額を同業者比率により推計するに当たり、同業者として、帳簿書類の備え付け、保存等の義務を負い、一般に正確な申告をするとみられる青色申告納税者を選ぶことは合理的である。しかし、納税者と「生計を一にする配偶者その他の親族でもっぱらその・・・事業に従事する者」に対する給与が必要経費とされるのは、課税政策上青色申告納税者に限り認められている優遇措置であり、その優遇と同じ結果を白色申告納税者の推計課税を行なう際に及ぼすことは公平の原則にも反し不当であるから、同業者A、B、C、Dの所得率の算定において、その事業専従者の給与を必要経費から除外することは相当というべきである。もっとも、右B、C、Dの青色事業専従者はいずれもその妻であるが、Aの場合はその長男と同人の妻を青色事業専従者としているから、同事業者所得率の算定に当たってAの長男の妻に対する給与のほかに長男に対する給与をも必要経費から除外することは、控訴人の業態との間に著しい齟齬をきたし相当でない。従って、Aの長男に対する給与を給料賃金に含め、その余の専従者給与をこれに含めないで同業者率を算定することは正当であり、これに反する控訴人の主張は採用しない。

3  控訴人の補充的主張2について

(一)  同(一)について

所得税基本通達五一-一一(3)が適用されるのは、関係者の協議によって貸金等が切捨てられることが確定した場合であるところ、控訴人が切捨てられたという昭和五四年一二月二七日の時点において、第一回目の配当を除く残債権の切捨てが確定したと認め難いことは原判決説示のとおりであるから、右通達を適用する余地はないというべきである。

(二)  同(二)について

昭和五四年当時施行の所得税基本通達五一-一二には、「貸金等につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、当該債務者に対して有する貸金等の全額について貸倒れになったものとして当該貸金等に係る事業の所得の金額の計算上必要経費に算入する。」旨規定されているのであって、右規定が適用されるのは、貸金等の債権の全額が回収できないことが明らかになった場合であり、本件におけるごとく第一回目の配当によって金九六万六六六七円が回収され、また、第二回目の配当が予定されているような場合には右通達の規定は適用がないものというべきである。

よって、控訴人の右主張はいずれも採用することができない。

二  以上の次第で、控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 竹原俊一 裁判官 松山恒昭)

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